2008年07月30日
同居反省会:おはしおき。
ゆる夫を置いて脱出決意、夏休み講習と物件&保育所探しともろもろ手続きをやりくりしながら何とかやってます。吹っ切れてしまうとあらスッキリ、精神的に余裕が出てきました。
しかし、ゆる夫家では義父母と「出て行く」の一言も交わさないまま時間が過ぎていく。保育所や物件探しをしてる気配は感じているか、オットから聴いているだろうに、ナーンニモ話さないのが不気味です。私から言うべきだろうか?と思うのですが、下手に説得されるのもまた険悪になるのもイヤなので、言われるまで淡々としている予定です。
ただ、1つだけ変化がありました。
それは「おはし置き」。
ゆる夫家は、おはし置きを使う習慣がありませんでした。そもそも「食事を楽しむ」という習慣が無く、おいしいものを時間をかけて食べて食後もまったりお茶してから片付け、なんてありません。食事始め!終了!茶碗を置くや否やオカンが食器を撤収!洗い物開始!
……ここは軍隊か!は言い過ぎにしても、殺風景な食事時間の象徴が「おはし置きが無い」ことではないかと、同居開始時に嫁なりに思ったのです。
まぁ衛生面でも私は箸置きないと落ち着かないので、購入してゆる夫家の食卓に持ち込んだんですよ。全員分のお箸を、ちゃんとお箸置きに乗せて出す。
最初の頃、オカンはおはし置きを洗わずに「台ふきんでテーブル拭いたついでにおはし置きを拭き、そのままテーブル上に放置」ということをやらかしており、私の衛生観念からどーにも我慢できずコツコツ洗ってたら、ようやく半年過ぎたころには「おはし置きは食事の時に出す、洗ってしまう」がゆる夫家に定着したのです。
ところが、最近「おはし置き」が食卓から消えました。
みんなテーブルの上に直に並べています。
最初は慌てて全員分出したりしていたのですが、私がやらない限り出てくることがなくなったので「あー、気を遣って合わせてくれてただけやねんな、もう出て行く人に遠慮はいらんわな」と納得しました。
……今はヨメだけが、おはし置きを出して使ってます。
当たり障りのない会話をしつつ食事をしながら、私は「おはし置き1つ」すらゆる夫家に持ち込めなかったんだなぁと、疎外感を覚えるのです。
それでも、私はおはし置きが使いたい。
新しい家には、チョー可愛いおはし置き揃えてやるヽ(`Д´)ノ ウワァァン
==================
教訓:結婚とは、異文化コミュニケーションである。
たまの海外旅行ならともかく、移住(同居)となると相当キツい。乗り込む場合は「染まる柔軟性」のある若いうちか、「染めてやるぜ!」という強固な意志を持って乗り込むべし。
ただし人数比で劣勢なので、後者はあまりオススメできません。
惨敗でありました。
2008年07月21日
働き嫁のひとり言:清算アレコレ。
前回は暗い話ですが、今回は事務的な話(?)がメインです。
1週間の帰省の間、いろいろと考えました。
昨日からゆる夫が迎えに来たので、彼とも確認したのは「両家の文化はあまりにも違いすぎる」ということで、お互いの育った環境を客観視する機会にはなりました。ウチの父親、オカンの1.5倍ぐらい「あれ食えコレしろオレが面倒みたるオレに似とる」とウザかったです……。
私の妹はゆる夫が好きなので「一緒に暮らさなきゃダメだよー」と間を取り持ってくれたのですが、今は説得されればされるほど気持ちが頑なになっていきます。
理由としては、
1.ゆる夫が自分の人生のパートナーである以上、「夫給料か休みかどっちか増えないの?10年後の彼は?米屋いつまでやるの?」と、ゆる夫家自体にイライラムキーとなるので。「ゆる夫家は私とは別、そっちの問題はそっちで解決してください」と思えるようになれば、気持ちが落ち着く。それは、私が経済的に完全に自立することでしか達成できない。
2.ゆる夫は結局、こんな状態になるまで親に別居の話を言い出してくれなかった。私がお金出して段取りして引っ越すところに、くっついてきて(このまま引っ越すとまさにそういう感じ)新しい生活に入ってくるのが納得行かないから。前なら「これもオンナの甲斐性」と思っていたのですが、彼が人生の壁を越えようとしない限り、受け入れる気にはなれない。
3.ムスメと2人暮らしを最低でも1ヶ月は堪能したい。実家で本格的に後追いされて、めちゃくちゃ嬉しかった。同居してたら誰かがあやしてしまうし、母乳が止まったせいもあり「愛され感」が得られなくて悶々としていたので。
……他にもあるんですが、せっかくの新居なのでゆる夫の「だらしない・指示待ち・先送り」体質をもう少し克服してくれないと受け入れたくないです。
※私だって完璧ではないですが。
さらに引越しに伴って、毎月6万円ほどの経費がかかってた新大阪の事務所を畳むことを決断。ゆる夫を会社業務から外し、彼の切望で雇っていた会計士をお断りして経費を浮かせます。こんなショボ会社の収支を入力するぐらいで、なんで月1万円も払う必要があるのか。彼を甘やかしたのは私だという強烈な自覚もあります。
彼を業務から外す=クビなので彼の役員報酬も無し。ただ彼は「タダでも業務やりたい」と言ってるので、そこはもう少し話し合いが必要。会社そのものを辞めることも考えましたが、もう1年ぐらい続けてみようと思います。
同時に、自分の安定収入についても真剣に考えました。
今やってる事業は安定しないし基本的に受注は受身。ゆる夫が営業できないので、せめてチラシを作って配るって話があり、私が作ったのに放置プレイ。この1週間で慌てて500枚配ったとのことですが「やるつもりだったのに、先走るからー」と言われてかえってムッとしました。こういう生徒いるんですよ、叱られると「やるつもりだったのに」と拗ねる。
うそうそ、追い詰められなきゃやらなかったはず。仮に「やるつもりだった」のなら、話さないとわかんねーよ、こっちは「狼と少年」の村人気分ですから。
6年間ずっと「指示待ち男!」「考えが甘い!」「そろそろ本気で考えないと離婚やで!」と言い続けてきたものが弾けたので、なかなか気持ちが戻らないんですよね。
ムスメ愛しさに涙目、「残酷や」「成長が見たい」とようやく本気で考え出したゆる夫に鞭打つようですが、今は言葉だけの段階なので「1ヶ月は時間がほしい」と言っています。
引越しは9月頭を予定、物件回りは来週からスタート。
義父母には「最悪は離婚アリで」別居を知らせたようで、気まずいですが1ヶ月はゆる夫家に厄介になります。諦めつつ受け入れてくれた、義父母の気持ちやかけた迷惑を思うと心苦しいですが、私も「人の気持ち」を探りすぎて疲弊する悪循環はやめて、ひとまず新しい生活に向けて段取りを進めたいです。
帰ったら引越し、事務所の移転、仕事に塾の夏休み講習。
>資金稼ぎに1週間だけ入れてしまった。
外出のある日はムスメはゆる夫に預けてやる以上「私ひとりでやってますー」と偉そうには言えませんが、一時預かりの保育所や引越し先での保育所探しも並行して進めています。
振り回されるムスメが可愛そうだという結末にならないよう、新しい家でハイハイしてはしゃぐ彼女を見る日を楽しみに踏ん張ります。
しばらくゆる夫との関係については揺れ動くと思いますが、環境を変えてから考えてみようと思います。それにしても、実家の母妹祖母もアッチの味方だよ、ホントに愛され体質だなゆる夫……家でもその社交性を発揮してくれればよかったのに。
家では食事の時間、ほとんどしゃべんないんだぞー
これは外面モードだぞー
そして私は「食事時の外面モード」を1年間やってきてんぞー
7月20日は付き合い始めの記念日、その1年後に入籍した結婚記念日。
27歳で知り合って、28歳で結婚、34歳で出産して35歳目前。
ゆる夫は現在42歳。>厄年だねぇ
本気で人生、仕切りなおしです。
1週間の帰省の間、いろいろと考えました。
昨日からゆる夫が迎えに来たので、彼とも確認したのは「両家の文化はあまりにも違いすぎる」ということで、お互いの育った環境を客観視する機会にはなりました。ウチの父親、オカンの1.5倍ぐらい「あれ食えコレしろオレが面倒みたるオレに似とる」とウザかったです……。
私の妹はゆる夫が好きなので「一緒に暮らさなきゃダメだよー」と間を取り持ってくれたのですが、今は説得されればされるほど気持ちが頑なになっていきます。
理由としては、
1.ゆる夫が自分の人生のパートナーである以上、「夫給料か休みかどっちか増えないの?10年後の彼は?米屋いつまでやるの?」と、ゆる夫家自体にイライラムキーとなるので。「ゆる夫家は私とは別、そっちの問題はそっちで解決してください」と思えるようになれば、気持ちが落ち着く。それは、私が経済的に完全に自立することでしか達成できない。
2.ゆる夫は結局、こんな状態になるまで親に別居の話を言い出してくれなかった。私がお金出して段取りして引っ越すところに、くっついてきて(このまま引っ越すとまさにそういう感じ)新しい生活に入ってくるのが納得行かないから。前なら「これもオンナの甲斐性」と思っていたのですが、彼が人生の壁を越えようとしない限り、受け入れる気にはなれない。
3.ムスメと2人暮らしを最低でも1ヶ月は堪能したい。実家で本格的に後追いされて、めちゃくちゃ嬉しかった。同居してたら誰かがあやしてしまうし、母乳が止まったせいもあり「愛され感」が得られなくて悶々としていたので。
……他にもあるんですが、せっかくの新居なのでゆる夫の「だらしない・指示待ち・先送り」体質をもう少し克服してくれないと受け入れたくないです。
※私だって完璧ではないですが。
さらに引越しに伴って、毎月6万円ほどの経費がかかってた新大阪の事務所を畳むことを決断。ゆる夫を会社業務から外し、彼の切望で雇っていた会計士をお断りして経費を浮かせます。こんなショボ会社の収支を入力するぐらいで、なんで月1万円も払う必要があるのか。彼を甘やかしたのは私だという強烈な自覚もあります。
彼を業務から外す=クビなので彼の役員報酬も無し。ただ彼は「タダでも業務やりたい」と言ってるので、そこはもう少し話し合いが必要。会社そのものを辞めることも考えましたが、もう1年ぐらい続けてみようと思います。
同時に、自分の安定収入についても真剣に考えました。
今やってる事業は安定しないし基本的に受注は受身。ゆる夫が営業できないので、せめてチラシを作って配るって話があり、私が作ったのに放置プレイ。この1週間で慌てて500枚配ったとのことですが「やるつもりだったのに、先走るからー」と言われてかえってムッとしました。こういう生徒いるんですよ、叱られると「やるつもりだったのに」と拗ねる。
うそうそ、追い詰められなきゃやらなかったはず。仮に「やるつもりだった」のなら、話さないとわかんねーよ、こっちは「狼と少年」の村人気分ですから。
6年間ずっと「指示待ち男!」「考えが甘い!」「そろそろ本気で考えないと離婚やで!」と言い続けてきたものが弾けたので、なかなか気持ちが戻らないんですよね。
ムスメ愛しさに涙目、「残酷や」「成長が見たい」とようやく本気で考え出したゆる夫に鞭打つようですが、今は言葉だけの段階なので「1ヶ月は時間がほしい」と言っています。
引越しは9月頭を予定、物件回りは来週からスタート。
義父母には「最悪は離婚アリで」別居を知らせたようで、気まずいですが1ヶ月はゆる夫家に厄介になります。諦めつつ受け入れてくれた、義父母の気持ちやかけた迷惑を思うと心苦しいですが、私も「人の気持ち」を探りすぎて疲弊する悪循環はやめて、ひとまず新しい生活に向けて段取りを進めたいです。
帰ったら引越し、事務所の移転、仕事に塾の夏休み講習。
>資金稼ぎに1週間だけ入れてしまった。
外出のある日はムスメはゆる夫に預けてやる以上「私ひとりでやってますー」と偉そうには言えませんが、一時預かりの保育所や引越し先での保育所探しも並行して進めています。
振り回されるムスメが可愛そうだという結末にならないよう、新しい家でハイハイしてはしゃぐ彼女を見る日を楽しみに踏ん張ります。
しばらくゆる夫との関係については揺れ動くと思いますが、環境を変えてから考えてみようと思います。それにしても、実家の母妹祖母もアッチの味方だよ、ホントに愛され体質だなゆる夫……家でもその社交性を発揮してくれればよかったのに。
家では食事の時間、ほとんどしゃべんないんだぞー
これは外面モードだぞー
そして私は「食事時の外面モード」を1年間やってきてんぞー
7月20日は付き合い始めの記念日、その1年後に入籍した結婚記念日。
27歳で知り合って、28歳で結婚、34歳で出産して35歳目前。
ゆる夫は現在42歳。>厄年だねぇ
本気で人生、仕切りなおしです。
2008年07月17日
働き嫁のひとり言:なぜこんなことに。
再び長文、お気楽さもなーんにもない暗い文章なので、読み飛ばしてくださいm(__)m
==================
実家でムスメと向き合っていると、産まれた瞬間の感動からこの8ヶ月を想って「なぜこうなったのか」を考えてしまう。ゆる夫は彼なりに間を取り持つ努力はしてくれていたし、私が彼ら一家の在り方をとやかく言うほど大層な家の出身でも無し、穏やかに暮らしている人の家に土足で上がりこんで気を遣わせ、何かを壊したことは確かなんだと反省もする。
先日、阪大の総長である鷲田清一氏に教育関係で取材をした際、
「相手を嫌いと言ったら、それは相手だけに非があることになる。でも『相性の悪さ』というのはどうしようもないし、片方だけが責められることじゃない。お互い様なんだから、無理せず回避策を考えればいい」
と述べていたのが印象的だった。
自分を振り返ると、この「相性の悪さ」をビジネスの場なら最小限の接触や外面モードで乗り切ってきたし、塾の校長をやってた時は生徒と講師の相性を考えながら調整していた。
それを「家族」としてやっていくには、私の許容範囲が狭すぎたと思う。
そして、許容範囲が狭い理由として
「ホンマやったら年収200万で嫁は来ませんし、孫の顔なんて見られませんよ」「米屋を潰した後の息子さんの人生、私が背負うんですか」
「兄ちゃんとか姉ちゃんとか、子ども扱いやめてくれませんか」
「結局、親離れ子離れできてない家なんですね(失笑)」
という「私はちゃんと考えてて、お金も稼げて、ちゃんとしてるんです」という「上から目線(by ゆる夫)」が抜けなかったことがある。
そのくせ、起業した時は義父に金銭面で助けてもらったこともあるし、ゆる夫が私を野放しにしてくれたから稼げるようになった面もある。実際、今だってムスメ連れて実家に帰ってのうのうとしてるワケで、結局は私だって「自立」なんてしてなかったのだ。
ゆる夫に言われたことがある。
こんな居候みたいな生活もうイヤだ、自立して3人家族でやっていきたいと言った時。
「居候でなんであかんの、今はどうしようもないやん」
確かにその時は産後すぐだったし、本当にどうしようもなかった。
この「居候でなんであかんの」という感覚が、私にはどうしても素直に受け入れられなかった。夫が生命保険の掛け金を未だにオトンに出してもらってることも、ええ年して情けないと思って「払います」と何度も言ったが「家族の財布は1つやから、気にせんでええ」と言われ、納得が行かずモヤモヤした。
このモヤモヤはほとんど「甘え下手」から来てるんだと、自覚している。
今でこそ実家の母親とうまくいっているが、小2の時に「アンタは私の子じゃない、産んだ母親はアンタのお姉ちゃんだけ連れて出て行った。アンタは必要とされてなかった子や」と言われてから25年以上、両親に抱きついて甘えたり、手をつないだりした記憶はカケラも無い。もしあったとしても、それは全て虐待の記憶に上書きされてしまった。
自分をカワイソウという気はさらさら無いが、父親の収入が不安定だったため母親はよく荒れた。昨日良かったことが今日はダメ。「目をつぶりなさい」と言われると、黙って棒立ちになってビンタされるのを待つ。
高校生になっても、継母の逆鱗に触れると(そしてその逆鱗は日替わりメニューで、ナニかよくわからなかった)、「アンタにやるもんはない、裸で出て行け」と玄関で服を脱がされた。惨めで情けなくて泣くしかない。その一方で、妹は両親の実の子だから、殴られてる場面なんて一度も見たことがなかった。
継母がよく言っていたイヤな台詞がある。
「妹の唇はふっくらして花びらのような唇、
アンタの唇は薄っぺらくて冷たそうな嘘つきの唇」
ムスメの唇を見ていると、私に似ないでねなんて思ってしまう自分が未だにいる。大学で家を離れてから仲良くなり、過去の仕打ちを謝ってくれて出産を機に結束が深まった継母ではあるが、心のどこかで「甘えられなかった」記憶は抜けていないのだ。
オカンの悪口を散々書きながら、自分の子ども時代の継母の残酷さを考えると「どっちがあの頃ほしかった母親か」の答えは明瞭。オカンは子どもにとって絶対にいいお母さんだったと思う。
あの愛情深さと甘やかしは、私が体験したことのないものであり、大人になった自分にとっては「拒絶反応」しか引き起こさなかった。
そして、ゆる夫の生活感や将来設計の無さに対し、「ほら、甘やかすとこうなるんだ、私は厳しく育てられたから、ちゃんと大学も出て仕事もできるんだ」と常にバカにする態度にしかなれなかった。それは自分の過去を肯定しなきゃ到底生きてらんねーという気持ちもあったと思う。
私が、この人を好きだと思った瞬間がある。
それは高速を降りる時、料金所でお釣りを渡された時に「ありがとう」と言ってた姿だった。「ちいさなアリさん運動や」と言って、店でもどこでも彼はちゃんと「ありがとう」を言っていた。今もそう。私に無い、人懐こさや優しさを持っている。ただし、人の人生を背負うにはあまりにも経験値が低すぎたんだろう。
育った背景や考え方が両極端な2人だから今までうまく行って、そして子どもができた「責任」を目の前にしてお互いの距離が露呈する結果になったのかもしれない。
自分が甘えているという自覚すらない無邪気な男と、
「甘えた人間」に見られることを極端に恐れる女と。
今、自分で意地張ってんなぁとめちゃくちゃ自覚している。
でも、このままゆる夫と一緒に引っ越すことはできない。
彼を甘えさせる余裕は、今の私には無い。
きっと、私は言葉や態度で慰めてくれるだけでなく、迫り来る生活不安の解消も含めて甘えたかったんだと思う。女性の自立とか婦唱夫随なんて気取ってても、妊娠・出産期の不安は壮絶だった。
究極のところで夫に甘えさせてもらえなかった6年間。
そして、全力で「甘えていいよ」と言ってくれる義父母に対して「ええ大人やのになんで」「他人やのになんで」としか思えなかった1年間。
ゆる夫と私の関係も、バックボーンが違いすぎた故の「相性の悪さ」が原因ではないかと、一回離れて見極める時期が来たんだと思っている。
=================
こういうこと書いてると「考えすぎ!」とツッコミが多方面から入りそうですが、本当に「考えすぎる」人間っているんですよ。止められなくて、こじらせて、色んなものを重症にしてしまう。
感情的に書くとゆる夫だけが悪者ですが、少し落ち着いて考えてみました。彼に決断力・行動力・経済力が無いって責めるより、それを求めることそのものが間違っていたんだと。
そもそも、彼は妻や家族が本当に欲しかったんだろうか、私が無理矢理ヨメになっただけなんじゃないかと考えると、解放してあげた方がいいのかなとも思うのです。
確かにオカンの過干渉&ビックリ料理やオトンの頑固親父発言はネタになりますが、ウチだってまったく誉められた家じゃありません。完璧な家族も家庭もありえないんで、私は自分がしっくりくる家庭を自分で創りたいなぁ、と願っています。同居前はそこにゆる夫の存在が必要だったんですが、この1年でよくわからなくなってしまったというのが現状です。
どうせ直らない甘え下手なら、やれるとこまでやってみようとも思うんです。
==================
実家でムスメと向き合っていると、産まれた瞬間の感動からこの8ヶ月を想って「なぜこうなったのか」を考えてしまう。ゆる夫は彼なりに間を取り持つ努力はしてくれていたし、私が彼ら一家の在り方をとやかく言うほど大層な家の出身でも無し、穏やかに暮らしている人の家に土足で上がりこんで気を遣わせ、何かを壊したことは確かなんだと反省もする。
先日、阪大の総長である鷲田清一氏に教育関係で取材をした際、
「相手を嫌いと言ったら、それは相手だけに非があることになる。でも『相性の悪さ』というのはどうしようもないし、片方だけが責められることじゃない。お互い様なんだから、無理せず回避策を考えればいい」
と述べていたのが印象的だった。
自分を振り返ると、この「相性の悪さ」をビジネスの場なら最小限の接触や外面モードで乗り切ってきたし、塾の校長をやってた時は生徒と講師の相性を考えながら調整していた。
それを「家族」としてやっていくには、私の許容範囲が狭すぎたと思う。
そして、許容範囲が狭い理由として
「ホンマやったら年収200万で嫁は来ませんし、孫の顔なんて見られませんよ」「米屋を潰した後の息子さんの人生、私が背負うんですか」
「兄ちゃんとか姉ちゃんとか、子ども扱いやめてくれませんか」
「結局、親離れ子離れできてない家なんですね(失笑)」
という「私はちゃんと考えてて、お金も稼げて、ちゃんとしてるんです」という「上から目線(by ゆる夫)」が抜けなかったことがある。
そのくせ、起業した時は義父に金銭面で助けてもらったこともあるし、ゆる夫が私を野放しにしてくれたから稼げるようになった面もある。実際、今だってムスメ連れて実家に帰ってのうのうとしてるワケで、結局は私だって「自立」なんてしてなかったのだ。
ゆる夫に言われたことがある。
こんな居候みたいな生活もうイヤだ、自立して3人家族でやっていきたいと言った時。
「居候でなんであかんの、今はどうしようもないやん」
確かにその時は産後すぐだったし、本当にどうしようもなかった。
この「居候でなんであかんの」という感覚が、私にはどうしても素直に受け入れられなかった。夫が生命保険の掛け金を未だにオトンに出してもらってることも、ええ年して情けないと思って「払います」と何度も言ったが「家族の財布は1つやから、気にせんでええ」と言われ、納得が行かずモヤモヤした。
このモヤモヤはほとんど「甘え下手」から来てるんだと、自覚している。
今でこそ実家の母親とうまくいっているが、小2の時に「アンタは私の子じゃない、産んだ母親はアンタのお姉ちゃんだけ連れて出て行った。アンタは必要とされてなかった子や」と言われてから25年以上、両親に抱きついて甘えたり、手をつないだりした記憶はカケラも無い。もしあったとしても、それは全て虐待の記憶に上書きされてしまった。
自分をカワイソウという気はさらさら無いが、父親の収入が不安定だったため母親はよく荒れた。昨日良かったことが今日はダメ。「目をつぶりなさい」と言われると、黙って棒立ちになってビンタされるのを待つ。
高校生になっても、継母の逆鱗に触れると(そしてその逆鱗は日替わりメニューで、ナニかよくわからなかった)、「アンタにやるもんはない、裸で出て行け」と玄関で服を脱がされた。惨めで情けなくて泣くしかない。その一方で、妹は両親の実の子だから、殴られてる場面なんて一度も見たことがなかった。
継母がよく言っていたイヤな台詞がある。
「妹の唇はふっくらして花びらのような唇、
アンタの唇は薄っぺらくて冷たそうな嘘つきの唇」
ムスメの唇を見ていると、私に似ないでねなんて思ってしまう自分が未だにいる。大学で家を離れてから仲良くなり、過去の仕打ちを謝ってくれて出産を機に結束が深まった継母ではあるが、心のどこかで「甘えられなかった」記憶は抜けていないのだ。
オカンの悪口を散々書きながら、自分の子ども時代の継母の残酷さを考えると「どっちがあの頃ほしかった母親か」の答えは明瞭。オカンは子どもにとって絶対にいいお母さんだったと思う。
あの愛情深さと甘やかしは、私が体験したことのないものであり、大人になった自分にとっては「拒絶反応」しか引き起こさなかった。
そして、ゆる夫の生活感や将来設計の無さに対し、「ほら、甘やかすとこうなるんだ、私は厳しく育てられたから、ちゃんと大学も出て仕事もできるんだ」と常にバカにする態度にしかなれなかった。それは自分の過去を肯定しなきゃ到底生きてらんねーという気持ちもあったと思う。
私が、この人を好きだと思った瞬間がある。
それは高速を降りる時、料金所でお釣りを渡された時に「ありがとう」と言ってた姿だった。「ちいさなアリさん運動や」と言って、店でもどこでも彼はちゃんと「ありがとう」を言っていた。今もそう。私に無い、人懐こさや優しさを持っている。ただし、人の人生を背負うにはあまりにも経験値が低すぎたんだろう。
育った背景や考え方が両極端な2人だから今までうまく行って、そして子どもができた「責任」を目の前にしてお互いの距離が露呈する結果になったのかもしれない。
自分が甘えているという自覚すらない無邪気な男と、
「甘えた人間」に見られることを極端に恐れる女と。
今、自分で意地張ってんなぁとめちゃくちゃ自覚している。
でも、このままゆる夫と一緒に引っ越すことはできない。
彼を甘えさせる余裕は、今の私には無い。
きっと、私は言葉や態度で慰めてくれるだけでなく、迫り来る生活不安の解消も含めて甘えたかったんだと思う。女性の自立とか婦唱夫随なんて気取ってても、妊娠・出産期の不安は壮絶だった。
究極のところで夫に甘えさせてもらえなかった6年間。
そして、全力で「甘えていいよ」と言ってくれる義父母に対して「ええ大人やのになんで」「他人やのになんで」としか思えなかった1年間。
ゆる夫と私の関係も、バックボーンが違いすぎた故の「相性の悪さ」が原因ではないかと、一回離れて見極める時期が来たんだと思っている。
=================
こういうこと書いてると「考えすぎ!」とツッコミが多方面から入りそうですが、本当に「考えすぎる」人間っているんですよ。止められなくて、こじらせて、色んなものを重症にしてしまう。
感情的に書くとゆる夫だけが悪者ですが、少し落ち着いて考えてみました。彼に決断力・行動力・経済力が無いって責めるより、それを求めることそのものが間違っていたんだと。
そもそも、彼は妻や家族が本当に欲しかったんだろうか、私が無理矢理ヨメになっただけなんじゃないかと考えると、解放してあげた方がいいのかなとも思うのです。
確かにオカンの過干渉&ビックリ料理やオトンの頑固親父発言はネタになりますが、ウチだってまったく誉められた家じゃありません。完璧な家族も家庭もありえないんで、私は自分がしっくりくる家庭を自分で創りたいなぁ、と願っています。同居前はそこにゆる夫の存在が必要だったんですが、この1年でよくわからなくなってしまったというのが現状です。
どうせ直らない甘え下手なら、やれるとこまでやってみようとも思うんです。
2008年07月10日
ゲームオーバー(長文失礼)
オトン(義父)ネタをもう1つ用意してたんですが、それどころではない事態が到来。
そもそも、事の発端は日曜日にあった。
いつもは店に出て行くオカンが家にいる。休日の朝からあのテンション高い声はしんどいなぁ〜と、私は寝室でムスメをあやしながら待機していたが(ゆる夫は横で爆睡)ムスメの声が聞こえるのに合わせて「○○ちゃん〜♪ばぁばと遊ぼ〜♪」と寝室の廊下を掃除しながら歌ってアピールしてくる。
こういうことされると「うぜぇ」としか思えなくなってる鬼ヨメ脳、2時間もムスメを抱いて粘っていたがさすがに洗濯も離乳食作りもしたいので限界、身支度をして降りていった。
オカンも私の無言の抵抗(2時間引きこもってたこと)を察したのか、入れ替わりで自室に上がっていった。こういう緊張状態って、私が大らかなヨメだったら生まれなかったんだろうなと、自己嫌悪になったり。
ともかく、離乳食作って洗濯機回してたらゆる夫の妹さんがやってきた。いつも私のせいで来づらいんじゃないかと恐縮してるので、訪問はかえってほっとする。
しかし、オカンだ、オカン。
どうも朝からビールを飲んでたらしい。
酔った時のオカンのテンションは、日ごろローテンションな私には苦痛でしかない。ムスメを自分の子のように抱きかかえ、「たった一人のオバちゃんよー、あんた抱いたり!」と娘さんに渡そうとする。ずっと離さず「この子は天才や」とか「笑ろたらカワイイ」とか。「ウチにもオバさんはいます(私に妹アリ)!」と大人気ない抵抗をしていたが、疲れて洗濯物を干しに別室へ。
実娘の前なのでえぇカッコしてはしゃぐオカンや、オモチャ化しているムスメの様子を気にしながら一人家事をしていたが、「この子はおばあちゃん(亡くなったゆる夫の祖母)にそっくり」「従兄弟のまぁちゃんにも…」とやり始めたので、試しに部屋に入ってやったら慌てて「おかあさんにも似てる」ととってつけたように言いやがった。
こういう「ココロにも無い」こと言われるとホンマ腹立つ、この間の「赤ちゃん写真」は無かったことになってんねんなクソババァと、後は君たち一家でやってくれーと転がってテレビ観てるゆる夫ごと放置して2階に上がって片づけをしていた。
しばらくしてムスメ抱いた夫が「どうぞ……」と申し訳無さそうに上がってきたが、「いらんわ!どうせオカンのもんやろ?」とキレてしまった。ムスメは好き好き大好きだが、その場でオカンを止められなかった夫にイライラ。いやはや書いてるとマジで大人気ないな、私。
この日はさすがに夫も少しオカンに言ったらしく、拗ねたオカンは演歌を大音量で流しながらわざと台所で食事してました。意味わかんねー近所迷惑ーー
火種がくすぶったまま、翌日の夕食時間。
オカンは昨日のことは無かったようにしているが、相変わらずムスメが動く度に(絶賛ハイハイ中)「危ない!ごっちんする!」とうるさい。昨日からのイライラ続行していた根に持つタイプの嫁、ついキレてしまった。
「騒 ぎ す ぎ っ!!ちゃんと見てるし、ちょっとぐらいぶつけたって大丈夫です、そうやって覚えることもあるんですっ!」
言い方悪かった。それは認めるし二度とこういう言い方はしないと決意している。それは、その後に起きたできごとがあんまりにもショックで面倒なことだったからだ。
「うるさいっ!」
怒鳴ったのは、今まで大きな声を出したのを見たことないオトンだった。
そして私に向かって
「口答えするなっ!生意気だっ!!」
……と怒鳴りつけた。
その後の食事、あんまり覚えてない。
しつこいオカン見てたやろ?
育児の方針を何回優しく伝えても同じこと言うやろ?
30過ぎの大人捕まえて「生意気」?
昭和の頑固親父気取り、怒鳴って人を押さえつけるなんて古い、古過ぎる。
その前にアンタの息子ちゃんを自立させたら?
月15万円でヨメと孫が買えるとでも思った?
悪いけど、孫は私の扶養家族ですー
いつでも息子チャン置いて出て行けますー
黙ってる間に思考が別の場所へ行くのはこっちも相当頭に来てるからで、論理めちゃくちゃなんはわかっててもぶちまけたい衝動に駆られる。
そう言えば、オトンは近所の人に怒鳴りつけた武勇伝をよく語っていた。親戚とも仲悪いし、米屋同士の集まりにも行かない。オカンも、絶縁状態になっている兄弟がいてムスメが産まれても知らせもしなかった。1年かかって化けの皮がお互いはがれただけかと思えば納得も行く。
いやいや今回は明らかに私が悪い。
あの言い方は無かった。
もー頭の中はぐるぐるぐる、ムスメをあやしながらひたすら黙っている横で、テレビを観て普通に笑ったりコメントしたりして「日常」を演出しようとする残り3人。
こうやって「なぁなぁ」にやってきたんやろな。
ゆる夫はほとんど怒鳴られ経験ナシ、明らかにビビッていた。
その場ではかばっても守っても取り持ってもくれなかった。
翌日、わざと部屋にこもってやった。
夕食食べず、ムスメ抱いて寝室に直行。
そうでもしないと、この家の人たちは「何が問題か」を話し合ってくれないだろうと思ったから。
そこで夫が話し合って来たのは「オカンが『なんで怒ってるのかわからん』って。『いつもケンカ腰や』って言うてた」という内容。「『声が大きい、構いすぎ、母親の役目を取るな』って言ったら『じゃあもう話さへんわ』って言っとった」
おいおいおいおいおい
オトンとは話せーへんのか?
今回はオカンに怒ってるんちゃう、そんなんもう飽き飽きするほど繰り返してきたやないか。問題はオトンが「口答えするな」と怒鳴りつけたことやろ?働かざるを得ない=その間に忘れられそうで不安な私の母親としての気持ちとかもう別居しますとか「オトンに」説明せーや!っつーか、それ「気が強くてトラブルメーカーな嫁」が来て迷惑してる○○家って図式になってるやん!
ふぅ。
ここは冷静に処置するしかない。
働き嫁の最強「外面モード」フル稼動。
伊達に保護者懇談を1000件以上こなしてきたんとちゃいまっせ。
オカンの誤解を解いてもらって「ああいう言い方はもうしません、ごめんなさい」を伝言、昨日は私が夕食を作って皆さんをお出迎え。トラブルの件は一切触れず、家族団らんを演出。
オカンにもオトンにも気を遣わせてることは、本当に申し訳ないと思っている。じゃあ気を遣わせないように振舞う=オカンの干渉を受け入れることができるかと言われれば、1年やってみて無理だと結論が出た。ダメ押しが「生意気だ」発言。
来週、1週間実家に帰ります。
===============
今後の計画はすべて立ててあります。いちいちゆる夫に相談はしません。全部私が決めて私がお金用意して動く。これ以上、穏やかなゆる夫家をかき回すのは申し訳ないので。
本人はここ読んでるだろうけど、もう冗談でも何でもありません。
根っこのところを、6年間解決してこなかったのだから。
先日、夫に向かって生活不安を訴えていたところ、また「のれんに腕押し」だったので最後に疲れてこうつぶやいた。
「こうやって定期的にグチグチ言うやんか。不安なわけよ、私は。ムスメだっているし。『ウザイなー』と思って聴いてるのはわかってるけど、こういう時は『しんどい思いさせてごめん、俺がんばるわ』って言ってほしいだけやねん。6年間、一度も言ってくれなかった」
それに対するゆる夫の返事。
「し ん ど い 思 い さ せ て ご め ん 俺 が ん ば る わ」
……棒読みで返してきました。
この日、風呂で泣いたなぁ。
そもそも、事の発端は日曜日にあった。
いつもは店に出て行くオカンが家にいる。休日の朝からあのテンション高い声はしんどいなぁ〜と、私は寝室でムスメをあやしながら待機していたが(ゆる夫は横で爆睡)ムスメの声が聞こえるのに合わせて「○○ちゃん〜♪ばぁばと遊ぼ〜♪」と寝室の廊下を掃除しながら歌ってアピールしてくる。
こういうことされると「うぜぇ」としか思えなくなってる鬼ヨメ脳、2時間もムスメを抱いて粘っていたがさすがに洗濯も離乳食作りもしたいので限界、身支度をして降りていった。
オカンも私の無言の抵抗(2時間引きこもってたこと)を察したのか、入れ替わりで自室に上がっていった。こういう緊張状態って、私が大らかなヨメだったら生まれなかったんだろうなと、自己嫌悪になったり。
ともかく、離乳食作って洗濯機回してたらゆる夫の妹さんがやってきた。いつも私のせいで来づらいんじゃないかと恐縮してるので、訪問はかえってほっとする。
しかし、オカンだ、オカン。
どうも朝からビールを飲んでたらしい。
酔った時のオカンのテンションは、日ごろローテンションな私には苦痛でしかない。ムスメを自分の子のように抱きかかえ、「たった一人のオバちゃんよー、あんた抱いたり!」と娘さんに渡そうとする。ずっと離さず「この子は天才や」とか「笑ろたらカワイイ」とか。「ウチにもオバさんはいます(私に妹アリ)!」と大人気ない抵抗をしていたが、疲れて洗濯物を干しに別室へ。
実娘の前なのでえぇカッコしてはしゃぐオカンや、オモチャ化しているムスメの様子を気にしながら一人家事をしていたが、「この子はおばあちゃん(亡くなったゆる夫の祖母)にそっくり」「従兄弟のまぁちゃんにも…」とやり始めたので、試しに部屋に入ってやったら慌てて「おかあさんにも似てる」ととってつけたように言いやがった。
こういう「ココロにも無い」こと言われるとホンマ腹立つ、この間の「赤ちゃん写真」は無かったことになってんねんなクソババァと、後は君たち一家でやってくれーと転がってテレビ観てるゆる夫ごと放置して2階に上がって片づけをしていた。
しばらくしてムスメ抱いた夫が「どうぞ……」と申し訳無さそうに上がってきたが、「いらんわ!どうせオカンのもんやろ?」とキレてしまった。ムスメは好き好き大好きだが、その場でオカンを止められなかった夫にイライラ。いやはや書いてるとマジで大人気ないな、私。
この日はさすがに夫も少しオカンに言ったらしく、拗ねたオカンは演歌を大音量で流しながらわざと台所で食事してました。意味わかんねー近所迷惑ーー
火種がくすぶったまま、翌日の夕食時間。
オカンは昨日のことは無かったようにしているが、相変わらずムスメが動く度に(絶賛ハイハイ中)「危ない!ごっちんする!」とうるさい。昨日からのイライラ続行していた根に持つタイプの嫁、ついキレてしまった。
「騒 ぎ す ぎ っ!!ちゃんと見てるし、ちょっとぐらいぶつけたって大丈夫です、そうやって覚えることもあるんですっ!」
言い方悪かった。それは認めるし二度とこういう言い方はしないと決意している。それは、その後に起きたできごとがあんまりにもショックで面倒なことだったからだ。
「うるさいっ!」
怒鳴ったのは、今まで大きな声を出したのを見たことないオトンだった。
そして私に向かって
「口答えするなっ!生意気だっ!!」
……と怒鳴りつけた。
その後の食事、あんまり覚えてない。
しつこいオカン見てたやろ?
育児の方針を何回優しく伝えても同じこと言うやろ?
30過ぎの大人捕まえて「生意気」?
昭和の頑固親父気取り、怒鳴って人を押さえつけるなんて古い、古過ぎる。
その前にアンタの息子ちゃんを自立させたら?
月15万円でヨメと孫が買えるとでも思った?
悪いけど、孫は私の扶養家族ですー
いつでも息子チャン置いて出て行けますー
黙ってる間に思考が別の場所へ行くのはこっちも相当頭に来てるからで、論理めちゃくちゃなんはわかっててもぶちまけたい衝動に駆られる。
そう言えば、オトンは近所の人に怒鳴りつけた武勇伝をよく語っていた。親戚とも仲悪いし、米屋同士の集まりにも行かない。オカンも、絶縁状態になっている兄弟がいてムスメが産まれても知らせもしなかった。1年かかって化けの皮がお互いはがれただけかと思えば納得も行く。
いやいや今回は明らかに私が悪い。
あの言い方は無かった。
もー頭の中はぐるぐるぐる、ムスメをあやしながらひたすら黙っている横で、テレビを観て普通に笑ったりコメントしたりして「日常」を演出しようとする残り3人。
こうやって「なぁなぁ」にやってきたんやろな。
ゆる夫はほとんど怒鳴られ経験ナシ、明らかにビビッていた。
その場ではかばっても守っても取り持ってもくれなかった。
翌日、わざと部屋にこもってやった。
夕食食べず、ムスメ抱いて寝室に直行。
そうでもしないと、この家の人たちは「何が問題か」を話し合ってくれないだろうと思ったから。
そこで夫が話し合って来たのは「オカンが『なんで怒ってるのかわからん』って。『いつもケンカ腰や』って言うてた」という内容。「『声が大きい、構いすぎ、母親の役目を取るな』って言ったら『じゃあもう話さへんわ』って言っとった」
おいおいおいおいおい
オトンとは話せーへんのか?
今回はオカンに怒ってるんちゃう、そんなんもう飽き飽きするほど繰り返してきたやないか。問題はオトンが「口答えするな」と怒鳴りつけたことやろ?働かざるを得ない=その間に忘れられそうで不安な私の母親としての気持ちとかもう別居しますとか「オトンに」説明せーや!っつーか、それ「気が強くてトラブルメーカーな嫁」が来て迷惑してる○○家って図式になってるやん!
ふぅ。
ここは冷静に処置するしかない。
働き嫁の最強「外面モード」フル稼動。
伊達に保護者懇談を1000件以上こなしてきたんとちゃいまっせ。
オカンの誤解を解いてもらって「ああいう言い方はもうしません、ごめんなさい」を伝言、昨日は私が夕食を作って皆さんをお出迎え。トラブルの件は一切触れず、家族団らんを演出。
オカンにもオトンにも気を遣わせてることは、本当に申し訳ないと思っている。じゃあ気を遣わせないように振舞う=オカンの干渉を受け入れることができるかと言われれば、1年やってみて無理だと結論が出た。ダメ押しが「生意気だ」発言。
来週、1週間実家に帰ります。
===============
今後の計画はすべて立ててあります。いちいちゆる夫に相談はしません。全部私が決めて私がお金用意して動く。これ以上、穏やかなゆる夫家をかき回すのは申し訳ないので。
本人はここ読んでるだろうけど、もう冗談でも何でもありません。
根っこのところを、6年間解決してこなかったのだから。
先日、夫に向かって生活不安を訴えていたところ、また「のれんに腕押し」だったので最後に疲れてこうつぶやいた。
「こうやって定期的にグチグチ言うやんか。不安なわけよ、私は。ムスメだっているし。『ウザイなー』と思って聴いてるのはわかってるけど、こういう時は『しんどい思いさせてごめん、俺がんばるわ』って言ってほしいだけやねん。6年間、一度も言ってくれなかった」
それに対するゆる夫の返事。
「し ん ど い 思 い さ せ て ご め ん 俺 が ん ば る わ」
……棒読みで返してきました。
この日、風呂で泣いたなぁ。
2008年06月23日
ゆる夫家の謎:オトンのビジネスセンス。
働き嫁は、地方の商工会で2代目経営者や中小企業の社長にビジネスセミナーをやっている。店舗の建て直しや販促プランはお手の物だ。しかし、オトン(義父)が経営する米屋に関しては、一切関わっていない。
……と言うより、オトンは私の仕事をよくわかってない。月契約すれば10万円は下らないコンサルタントが毎日同じテーブルでご飯食べてるのだが、米屋の売上アップについて話し合ったことはなく。
いや、ヨメなりに努力したことはある。
「配達しかできない」ゆる夫が現在の給料15万円から脱却するには、売上アップに貢献して給料を増やしてもらうのがベストだからだ。
ヨメ「雑穀米って、若い女性の間で流行ってるんですよー。レシピと一緒に扱えば売れるんじゃないですかぁ?(可愛いヨメ演技)」
オトン「あんなヒエとか粟とか、鳥の食うもんや。昔は鳥のエサによう売れた」
ヨメ「……えーっと、じゃあ玄米はどうでしょう?」
オトン「白米が一番うまいに決まっとる!苦労してやっと白米が食べられるようになったのに、わざわざ玄米なんか食べたがるのはマスコミに踊らされてるだけや」
《会話終了》
今は「お米マイスター」や「おにぎり専用ブレンド」といったプロ&カスタマイズ米屋人気、米粉を使ったケーキやパンブーム、米麺ブーム、小麦高騰による米屋に一世一代の神風が吹いているこの時に、働き嫁は「なーんにもできず」にオットを配達要員として土曜も祝日も取られっぱなし。前年比130%ぐらいは間違いなく行けるのに、チクショー。
テンション高いオカンと対照的に、オトンは無口な頑固者。
もう1つネタあるので、後日にでも。
===================
ゆる夫は配達がある時に、奥の部屋から呼ばれる。奥の部屋にはフィギュアとテレビとギターとパソコン。嫁の会社の仕事を手伝ってる日やムスメを預かってる日もありますが、以前ふいに訪れたらズボンのベルト緩めて転がっていました(涙)。
ゆる夫曰く「売れないデリヘル嬢がお呼びを待ってるようなもの」だそうです。
待ってないで営業しろ、営業!
「イクメン座談会」終了しました。
https://blog.benesse.ne.jp/bizmom/blog/main/father12.shtml
「時間の使い方を工夫」……ホンマにやってくれよ〜












